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ラブライブ!を全話見てきた。(おまけつき)

ラブライブ!を「みんなで見る会」

ほんとうにみんな見ていたというか見守っていたというか。「言葉は要らない」というほどではないですけど、まさにそれに近いような状態でした。

  • ここで背後から入ってくる絵里がかわいいんですよ。
  • この場面のにこ先輩がかわいい、腰の振り。
  • 真姫ちゃん、ちょろい。ちょろかわいい。
  • 希は鏡なんですよ。
  • ……などなど

ええ年こいた男(もしくは心の中におっちゃんが住んでいるひと)たちが、こんなことを語り合うと言うよりも、しみじみと言っていたわけです。

ラブライブ!(アニメ)ってなんなんでしょう?

自分はμ'sを応援していたい、好きだなぁという気持ちでラブライブ!のアニメを見ていました。

μ'sをファンとしてだけではなく、クラスメートや友達の視点で青春をいっしょに感じているような気分です。

関係の感覚

もちろん、単純にファンとして応援する感覚もまた楽しかったです。

アイマスPが会には多かったのですが、アイドルをプロデュースするのではないという感覚の違いが新鮮だったのかもしれません。

アイマスのPとアイドルは二人三脚ですが、μ'sと自分たちには直接関係がありません。ほんの少しだけファンとして応援できるだけです。

青春の物語が聞こえる

その意味でアニメ版は裏話的な位置といえるかもしれません。本来ならば目に触れない彼女たちの日常を垣間見るものだからです。

「きっと青春がきこえる」はエンディングテーマのタイトルですが、彼女たちの姿や歌声に誰もが青春の足音を聞こえてくるような気がします。残念ながら私には歌やダンスに青春を捧げた日々はないのですが、彼女たちの姿からそんな日々を感じられるんです。

舞台の上のアイドルとファンという関係だけではなく、同じ青春を共有したかのような感覚すらあるような気がします。

学校・クラスメート

きっとそれは学園という舞台のおかげもあるのでしょう。多くの人が学校へ通った思い出を持ち、そんな中に彼女たちがいたら、という想像を滑り込ませやすいのではないでしょうか。

そして「神モブ」といわれた穂乃香のクラスメートも見逃せません。ともに青春を過ごす、そして一番近いファンでもります。学校に・クラスにμ'sがいたら、という時に眼差しを共有できる存在です。

まとめ

アニメ版では本来からあるのファンとしてはもちろん、青春をともに過ごすように、クラスメートのように、μ'sを感じさせてくれました。その意味でラブライブ!の物語にいっそうの深みをもたらしたのではないでしょうか。

おまけ

765プロの面々とμ'sの皆さんを比べてみた。 「素人体型」とプロの体型に違いはあるのかなって。

春香さんは普通。やよいと千早はさすが。貴音さん、あずささんも。